奈良くるみ インタビュー

奈良くるみ

初めて彼女を見たのは、2003年の全国小学生テニス大会。一人だけ異次元のテニスを展開していて、セットダウンなしの優勝に可能性を感じたものだった。そして今、世界ジュニアランキングは6位。大阪スーパージュニアでも優勝した奈良くるみちゃんにインタビューしてみた。

 

今回は、この大会というよりは、今まで選んできたテニスの道について聞きたいんだけど、まず、全国小学生大会に優勝してその後アメリカのニックボロテリテニスアカデミーに行ったんだよね。いつ頃だったっけ?

「12歳か13歳くらいだったと思います。それから中3の始まりに帰ってくるまで、丸々2年行っていました。でもアメリカにいた時期は少なかったですね。ツアーにでていたことが多かったので。」

ボロテリのアカデミーに残る道もあったのに、日本に帰ってきたんだよね。僕は行ったことがないから良く分からないけども、多分テニス的には日本よりもレベルが上だと思うんだけど、どうして日本に帰る道を選んだのかな?

「テニスのレベルはやっぱりアメリカにいた時の方が高かったんですけど、その中で2年間いい経験をさせてもらったので、そろそろ日本で試したいなあと思ったんです。それに、日本では落ち着いて練習できるので。それで帰ることに決めました。」

ふむふむ。で、テニスを中心とした生活をするために通信の高校に行く選手も多い中で、くるみちゃんは普通科の高校に行っているけども、通信にはない高校生活っていうのはどんなもの?

「あまり遠征でいけてないんですけど、高校にいけるって言うのは本当にすごい楽しいことなんです。通信だと家にいる時間が多くなってしまうと思うし。やっぱりいいことがいっぱいあると思います。」

くるみちゃんの話を聞いていると、テニス以外の環境をすごく重視しているように感じられるんだけど、テニス以外のことがテニスに与える影響っていうのはどんなものかな?

「やっぱりテニス以外で楽しむことがないと、テニスもリフレッシュしてできないと思うんで・・・・うん。テニスだけではつまらないし、テニスをやめたときにじゃあ何で楽しめる?と思ったときに(何もないっていうのはいやだから)、じゃあ今楽しんでおかないと、というかんじです。テニス以外の環境を大切にすることが、人生を豊かにしてくれると思うし、それが結果的にテニスにとってもいい影響を与えてくれると思います。」

おお〜なるほどね。

そして、全日本ジュニア18歳以下やインターハイで優勝したけども、くるみちゃんはどう思ってるかはわからないけど、すでにジュニアの中では飛びぬけていて、日本にあまり敵はいないんじゃないかな?と思うんだけど、その中での日本国内のジュニア大会はくるみちゃんにとってどういう意義があるものなのかな?

「相手は、別に強い人もいるし、ただその中でも自分が一番だっていうのは自分の中でもあったし。それに、狙っている中で優勝するということは本当に難しいので、それを勝てたのはすごく大きいことだし。全日本ジュニアはインターハイ以上にレベルが上がる中で、力を出せたということが一番よかったと思います。」

でも、そういった大会に出るためには予選を沢山闘わなきゃいけないでしょ?あれ、全日本ジュニアは本戦からだっけ?

「はい、ナショナルのメンバーなので。」

そっか、そしたら予選はインターハイだけか。でもそれでもかなりレベルの低い予選を闘わなきゃいけないし、高校テニスを続けるには45日ルール(ナショナルの遠征以外で45日以上海外遠征をすると、高体連の大会に出場することができなくなる)を守らないといけなくなるよね。

それに、テニスだけ考える目で言えば海外で試合に出るほうがグレード別に分かれている分、ずっと高いレベルでできると思うんだけど。日本だと、全国大会の本戦でも最初の方のラウンドは競らないでしょ?ベスト4くらいから、やっと競ってくるようなかんじで。

で、ヨーロッパの子とかは全部グレード別に分かれているから、レベルの高い子はずっと上のレベルでプレーしているわけだけど、そういう子たちや、自分よりひとつふたつくらい上の子がWTAとかグランドスラムとかで活躍するのを見ていて焦る気持ちとかはない?

「それはないですね。日本の女子は杉山さんにしても伊達さんにしても活躍してきているので。・・・・まあわかんないですけど、伊達さんが小さい頃外国でやっていたというのもあまりきかないし。それに強くなるには環境がどうであれどこでも強くなれると思います。意識さえ高く持っていれば・・・・・・」

う〜ん、いい言葉だねえ。じゃあ、これからの目標を。

「そうですね、やっぱり最終的にはグランドスラム出て世界のトップに入りたいです。」

そしたら、例えばこの年齢でこの辺まで行ってとか、そういった具体的な目標はある?

「それは特に考えていないですね。別に・・・まあじっくりいければいんじゃないかなって思っています。」

ふむふむ。それじゃあ、今年1年の大雑把なテニスのスケジュールを教えてくれないかな?

「まず1月から、南米遠征に2ヶ月行っていました。それからジャパンオープンジュニア出て、トヨタジュニア、それからフレンチオープンジュニア。その後日本に帰ってきてインターハイの予選に出てから、ウインブルドンジュニア、帰ってきてインターハイに出て、全日本ジュニア。その後USオープンジュニアの遠征ですね。今年は4ヶ月〜5ヶ月くらい遠征に行っていました。」

なるほど、国内に拠点を置いているといっても、かなり海外で戦っているんだねえ。

じゃあ、話変わって、明日のロシアのリキーナとの戦いについて。パワーヒッターだけど、戦略はある?

「そうですね、まずは自分のテニスを出して、それが無理だったら何か自分が考えるものがあればやっていきたいと思っています。まだ考えてないです(笑)。」

僕がいままで見てきた中で、ウォズニアッキーとか、パブリュシェンコバの時とか、相手がオーバーパワーして来た時にもがんがん打ち合おうとするようなイメージがあるんだけど、今パワーテニスでこられたときに、何か考えることはある?

「そうですね、かわすとこはかわして・・・・打つときは打って、みたいな。」

ちょっとスローにしてみたり、とか?

「そうですね。」

なるほど・・・・明日は山場だね。がんばって!疲れている中ありがとう。

 

この後、彼女はリキーナをフルセットで破った。ファーストセットの打ち合いで競り負けてからは若干スローなムーンボールを入れつつ、打つべきところで打つテニスで、ほんのわずかな差ではあったがセカンドセットを奪い返すとファイナルセットはペースを戻して打ち続け、試合を制し、翌日強豪ホフマノバを破って優勝した。

我々テニスを観る側は、プロの道を選ぶテニスプレーヤーのテニスの環境について、強い選手がたくさんいる外国でプレーしたほうがいい、などと安易に考えてしまいがちだ。その視点はテニスにしかなく、そのほかのことは全く考えられていない。

しかし、テニスプレーヤーはただテニスをするだけの人間ではない。テニスプレーヤーである前に、彼女は1人の15歳の女の子だ。

アメリカでテニスを続けたいと思えば、続けられるだけの環境があった。それも、盛田ファンドがバックアップしていたから、かなりの好条件だったと思う。それを断って日本に帰ることはおそらくかなり悩んだ末の決断だったと思う。

その選択を疑問に思った人も多くいるはずだし、帰国の理由を100%完全テニス漬けの生活より日本にいたほうがリラックスしていいテニスができる、とメディアに語ったのを聞いて、甘いことをいうな、とか、もったいない、と考えた方もきっといるだろう。

しかし、彼女はなにも日本ジュニアテニス界に安住しようとしているわけではない。リラックスできる環境で練習して、日本の大会に出場しつつ、主要な大会に出場するために世界を転戦していくのが今の自分にはいい、と自ら判断したのだ。家族、友達との交流、高校生活、育ったテニスクラブ、慣れ親しんだコーチ・・・・彼女にとってそれはなくてはならないものだったのだろう。

ただ、世界への道はやはり険しい。速い展開をベースとしたコントロールの良いハードヒットはジュニアの中でも際立っているし、ドライブボレーも安定している。攻めに回ることができれば試合を支配できる確率は非常に高い。しかし、世界トップレベルのパワーとテクニックで打ちまくってくる相手に対して、そうそう攻めに回るチャンスは巡ってこない。先に攻められたときにスライスでかわしたり、攻撃されないように状況に応じてうまく返していく高い技術がもっと必要になってくるだろう。サービスは以前に比べてずいぶん良くなったが、まだセカンドサーブは心もとない。背もやや小さく、世界レベルでは足が速いわけではない。その中で世界トップの選手のパワーとスピードに対抗するのはかなり困難ではないか、とは思う。

だがしかし、3年前もそうだった。2004年のワールドジュニアで初戦、2戦目とパワーに押されてシングルス、ダブルス共に落とし、やはり日本の逸材も世界のテニスには通用しないのか・・・と思わせた。

しかし翌年の同大会では決勝にたどり着くまではシングルス・ダブルスともにすべて勝利して準優勝。ジュニアの世界ランキングは15歳にして6位にまで上げた。

全日本選手権では前年度チャンピオンの高雄恵利加に勝ち、2年前のファイナリスト、米村知子も破った。

僕の想像をはるかに超える成長を彼女は見せてくれたのだ。

プロの世界はジュニアとは比較できないほど厳しいが、もしかしたら・・・・・という期待をもってしまう、奈良はそういう選手だ。

 

このインタビューの後、どこの本に載ったものだったか、彼女が尊敬する伊達公子さんが語った一言を思い出した。

「テニスだけが全てではなかったからこそ、ここまで強くなれたのだと思います。」

2007年10月 靭テニスセンターにて

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